柳沢敦。
日本代表ＦＷ、富山県出身である。
それまで際立ったスポーツ選手を輩出していなかった富山県にとっては
待望の日本を代表するアスリートが現れたのである。
自分にゆかりのある有名人に対しては、それだけで応援をしてしまう傾向は
誰にでもあると思う。それが地方であればなおさらだ。
富山県の場合、その傾向がちょっとばかり著しい。
いや正確には、特に富山県の「行政当局」にその傾向が強いというべきだろう。
なにしろ県内には、某ノーベル賞受賞者が戦時中たまたまその町に疎開していた
というだけで名誉町民に選んでしまう町もあるくらいだ。
その昔、富山県に数年住んでいたことのある我々は、ずっとあることを恐れていた。
そして今年、ついにそのことは実現してしまったのである。
朝刊の全面広告にでっかく『富山県』。
そしてそこには柳沢が
大写しになっていた・・・。
やっちまった・・・。
しかしそんな柳沢であるが、レッズ戦に限っては必ずと言っていいほど得点する。
たとえ日本代表でぜんっぜんダメダメでも、
たとえ田中誠や松田や森岡に完璧に止められても、
あまっさえ余計なコトをしてカードを出され退場になろうとも、
でもレッズ戦だけは「あれアンタ生きてたの？」ってな働きをするのだ。
つい先だっての駒場でも、限りなくオフサイドくさいインチキゴールながら
決められてしまった。
試合終了時にＴＶに大写しになったそのニヤケ顔が見ながら、我々は決意した。
いつの日かきっと復讐してやる！
柳沢の実家は、富山市でラーメン屋さんを営んでいる。
なにしろ富山県の広告搭になるくらいだから、きっと自慢の息子に違いない。
さぞやそのお店の中は息子自慢のブツで溢れ返っていることだろう。
それをうちのページのネタにして笑い者にしてやる。
「キーボードは剣よりも強し」（←いま考えた）ってところをみせてやる。
そんな訳で、８月１０日の名古屋戦の翌日、我々は富山へ向かった。
その店は富山市の中心街から少し東に離れた郊外にあった。
「８番ラーメン」という北陸を中心に展開しているチェーン店である。
午後２時という時間帯にしては混んでいる駐車場にクルマを停め、まずは外から
店を眺める。
別に変わったところはない。普通のラーメン屋さんである。
でも店内には「あつ〜しご〜！」なグッズが溢れ返っているに違いない。
我々は期待に胸を振るわせ、入り口のドアを開けた。
あれ？
店内もごく普通のラーメン屋さんであった。
わずかにサッカーの香りを感じさせるものとしては、壁に貼ってある
「アローズ北陸」の試合日程のポスターと、日本代表のカレンダーくらいである。
代表カレンダーも、決してわざとらしく柳沢の写真を表に出している訳ではなく
戸田と鈴木隆之の写真である。
我々は一瞬店を間違えたかと思ったが、厨房のわきに掲示してある衛生責任者とか
なんとかの名前にちゃんと「柳沢○○」と書いてあった。
そしてそれより何より、厨房内で忙しく立ち働いている店主らしきおじさんの顔が
柳沢にそっくり （いや逆か・・・）。
我々が店を間違えたのではないことを確信させるには十分であった。
息子自慢を感じさせる気配すらないことにがっかりしたが、まだまだ。
もし万が一まずいものを出したら、今度はそっちをネタに笑いものにしてやる。
我々は方針を転換することにした。
我々は、ざるラーメンと冷やし中華、そして餃子を注文した。
前日のマウンテン以降、ジャンクフードでの食事が続いているが
これもすべてはネタのため、止むを得ない。
すぐ、というほど早くなく、かといって待つというほど長くない、
ちょうどいい頃合で、注文したものが出てきた。
早速口にする。
・・・・ん？
うまいじゃね〜か、
このヤロォ！
餃子もメンもなかなかいける。我々は前日の悪夢とはうって変わって、
注文したものをあっと言う間に平らげてしまったのである。
しかし参った。こううまくてはネタにもなりゃしない。
食べ終わってもう一度よく店内を見渡してみた。
もう午後の２時を過ぎているというのに、殆どの席が埋まっている。
日曜日ということを差し引いてもかなり繁盛しているように思えた。
座った席のすぐそばに営業時間の案内が貼ってあったので見ると、
営業時間は午前１１時から夜の１２時まで、しかも定休日は月に２回しかない。
柳沢の顔をしたおじさんは、さっきからＴＶで流れている高校野球を観るでも
なく厨房の奥で黙々と炒め物をしている。
富山県人の特徴「働き者」を地でいっているように感じた。
我々はこのおじさんを笑い者にしてやろうと思ったことを
少し恥ずかしく思いながら店を後にしたのだった。
その夜、宿でＴＶを点けると、ＢＳで鹿島・横浜戦をやっていた。
優勝を左右するゲームということもあって両チームとも気合が入っているのが
ビンビン伝わってくる。
しかしそんな中、柳沢はといえば、まるで良い所がなく途中で引っ込んでしまった。
そういえばこの時間、まだあの店は営業時間中だ。
でも確か置いてあったＴＶはＢＳのない旧式のものだった。
親父さんはきっと今も、息子の試合を観ることもなく一生懸命働いているんだろうなぁ。
てなわけで、我々の復讐劇は企画倒れに終わってしまったのである。
最後に柳沢クンへ。
君も親父さんを見習って、少しは一生懸命働け！
モデルなんぞに惑わされている場合じゃないぞ（←今は別れた？）。
そして、た・の・む・か・ら代表戦で素晴らしいゴールを見せておくれ。
但しレッズ戦だけは休んでていいからね・・・。
（完）
行列のできるほどではないがチェーン店にしてはまあまあうまいラーメンを出す 店